― 広島の二つの園で考えたこと ―

広島でアート保育を実践している、同じオーナーが運営する二つの園を訪れた。もう、この園で10年以上継続してこの活動を行っている。
場所は違うが、理念は同じである。
しかし、そこに流れる空気や時間の質は、驚くほど異なっていた。
私は即興でピアノを弾いていた。トランペットとの即興演奏。今回の隠れテーマは、雨 梅雨 ワクワク。もちろん子どもはそんなことは知らない。
「絵を描きましょう」とも、「音楽から何かを想像してみましょう」とも言わない。
描くか描かないか。
何をするか。
いつ始めるか。
それらはすべて子ども自身に委ねられている。
先生たちは見守る。
必要な時にだけ寄り添う。
それだけである。
しかし、「それだけ」ということほど難しいものはない。
大人はつい教えたくなる。
促したくなる。
正しい方向へ導きたくなる。
「こうしてごらん。」
「次はこれをやってみよう。」
「もっとこうしたら?」
それは善意であり、愛情であり、責任感でもある。
だからこそ難しい。
ある園では、先生たちの声がよく聞こえていた。
子どもたちをまとめ、促し、説明し、時に注意する。
音楽は流れている。
しかし、それはいつしか背景音になっていた。
子どもたちの想像力の入り口になる前に、多くの言葉が空間を埋めていく。
もう一方の園には、静かな空気が流れていた。
もちろん子どもたちは遊び、笑い、会話をしている。
しかし、大人の声が空間を支配していない。
必要な言葉だけがあり、必要以上の指示がない。
子どもたちは、それぞれの世界に入り込んでいく。
音楽はBGMではなく、自分の内側へ向かう扉になっていた。

印象的だったのは、公立幼稚園で「問題がある」とされ、転園してきた子どもの姿だった。
周りの子どもたちが絵を描いていても、その子は画用紙に向かわない。
一人で積み木の前に座っている。
何かを作る。
壊す。
考える。
また作る。
しばらく眺める。
そしてまた作り直す。
まるで自分の中にあるイメージと対話しているようだった。
誰かに評価されるためではない。
褒められるためでもない。
ただ、自分の世界を確かめるように、黙々と試行錯誤を続けていた。
その集中力は驚くほど深く、生き生きとしていた。
以前の環境では「問題」と呼ばれていたものが、ここでは何の問題にもなっていなかった。
いや、問題がなくなったのではない。
その子がその子でいられる環境があった。
それだけだったのかもしれない。
演奏中、一人の子どもが私のピアノに近づいてきた。
小さな指で鍵盤を押す。
ある園では、先生がすぐにやって来て、
「今は聞くんだよ。」
と言って、その子をピアノから離した。
演奏する人。
聴く人。
その境界ははっきりしていた。
しかし、もう一方の園では、誰も止めなかった。
子どもはピアノの周りで遊び始めた。
身体でリズムを取り、顔で表現し、やがて鍵盤に触れる。
私はその音に応える。
また子どもが音を返す。
いつしか即興の遊びが始まっていた。
そこには先生も生徒もなかった。
演奏者と聴衆もなかった。
ただ、人と人とが音で出会っていた。
その光景を見ながら、私は思った。
教育とは、何かを教えることなのだろうか。
むしろ、人は本来、自ら育とうとする存在なのではないか。
もしそうなら、大人の役割は育てることではなく、育つことのできる環境を整えることなのかもしれない。
教えることより、信じること。
指示することより、待つこと。
評価することより、一緒に驚くこと。
花を咲かせることはできない。
しかし、光と水と土を整えることはできる。
教育とは、花を引っぱって早く咲かせることではない。











その花が、自ら咲くことのできる環境をつくること。
広島の二つの園で見たものは、保育の違いではなかった。
人間をどこまで信じることができるか。
その問いを、大人である私自身に静かに投げかける風景だった。
そして、その問いは、子どもだけではない。
ピアノ教育にも、音楽にも、人生そのものにも、深くつながっているように思えてならない。
もしかすると、教育とは「教えること」ではない。
待つことなのかもしれない。
子どもが動き出すのを。
子どもが発見するのを。
子どもが自分のことばを見つけるのを。
そして、自分自身の花を咲かせる、その時を。
大人にできることは、そのための光と水と土を整え、静かに隣に立つこと。
それが、私が広島の二つの園で教えられた、
「待つという教育」
であった。